
私たちが武夷岩茶を評価するとき、必ずと言ってよいほど「岩韻(がんいん)」という言葉が交わされる。
岩骨花香とも称されるこの独特の美学は、感覚的な表現にとどまらず、実はきわめて論理的な二つの標準によって厳格に守られている。
それが、地理的表示(GI)の国家標準(GB/T 18745—2006)と、伝統的な岩茶製造技法を定めた地方標準(DB35/T 2157—2023)である。
この二つは、まさに車の両輪のように機能し、一方が欠ければ武夷岩茶としてのアイデンティティは成立しない。
一方は「舞台」を整え、もう一方はそこで演じられる「技」を規定する。
この二つの標準がどのように品質の多重構造を築いているのか、その論理を紐解いてみたい。
揺るぎない「舞台」の保証:地理的表示製品 国家標準
まず、国家標準(GB/T 18745—2006)が担うのは、武夷岩茶が生まれるための「ハードウェア」の定義である。
これは単なる産地証明ではない。岩韻の源泉となるテロワール(生育環境)を、物理的かつ化学的に定義しようとする試みだと言える。
ここで定義されるのは、武夷山市内の特定行政区域という「平面」の地理条件だけではない。
「西北高地」という方位、さらに火山岩・砂岩・頁岩から成る pH4~6 の赤黄色土壌といった「地質」の条件まで、厳密に組み込まれている。こうした特殊な地質環境こそが茶樹に豊富なミネラルを与え、岩茶特有の骨格を形づくる基盤となるからだ。
さらに、この標準は「安全性」と「品種」の純粋性も担保している。
無性繁殖による優良品種の使用を義務付けると同時に、重金属や残留農薬に対して厳しい上限値を設けることで、芸術品としての品格と食品としての安全性を両立させている。
つまり、この標準をクリアすることは、武夷岩茶という作品を描くための「最高品質のキャンバス」を手に入れることを意味する。
受け継がれる「魂」の標準化:非物質文化遺産 伝統制作技芸 地方標準
いかに優れたキャンバスがあっても、描く技術が未熟であれば名画は生まれない。
そこで重要となるのが、無形文化遺産である伝統製法を文書化し、再現性を確保するための地方標準(DB35/T 2157—2023)である。これは、いわば岩茶製造の「ソフトウェア」を規定する標準だ。
この標準の白眉は、採摘から焙煎に至る 16 の工程を詳細に言語化している点にある。
とりわけ、岩茶の品質を決定づける「做青」の工程においては、長年の経験則だった「看青做青(茶葉の状態を見る)」「看天做青(天候を見る)」というルールを、誰もが共有できるかたちで明確化している。
水篩(すいし)を用いた手作業や、茶葉に物理的な摩擦を加える「做手」といった身体的な動作までもが定義され、目指すべきゴールとして「緑葉紅鑲辺(三紅七緑)」の状態がはっきりと示されている。
また、仕上げの「焙煎(吃火)」においても、火加減の調整や芯まで均一に火を通す職人技が標準の中に組み込まれている。
これにより、かつては個人の勘や家伝の「秘伝」に属していた領域が、共有可能な「技術体系」へと昇華されたのである。
本物・品質の保証
こうして見てみると、武夷岩茶の品質とは、自然環境という「天の恵み」と、伝統技術という「人の叡智」が、それぞれの標準によって保証され、重なり合った一点に立ち現れていることがわかる。
たとえるなら、地理的表示標準は、国宝級の芸術品を生み出すための「博物館の厳格な環境設定と展示基準」であり、伝統制作技法標準は、その芸術品を昔ながらの手法で作り続けるための詳細な「巨匠のレシピと道具の仕様書」である。
「どこで作られたか」という空間の証明と、「どのように作られたか」という時間の継承。
この二つの座標軸が交差する点においてのみ、本物の武夷岩茶はその姿を現す。
私たちが茶席で岩韻を感じるとき、そこにはこの二つの厳格な標準に守られた、確かな論理と歴史が息づいていることを、決して忘れてはならない。
(解説・文章・写真・著作権:中華茶講師協会 理事長 林聖泰)
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