
台湾いちばんの観光地・九份。赤提灯の坂道で、いちばん有名なお店と、いちばんお茶がおいしいお店——じつは、別の一軒なんです。その見分け方を、ご一緒に。 (ChaTea五代目『茶館ノート』第3回 九份の茶藝館より)
台湾でいちばんの観光地、九份(きゅうふん)。
もとは金鉱で栄えた町で、鉱山が閉じると、いったんは寂れてしまいました。それが、坂と石段に赤い提灯が連なる、あの幻想的な姿でよみがえった——
世界中から旅人が訪れる、いまの九份です。
海を見下ろす石段、湯気の立つ茶樓(ちゃろう)。
その真ん中にあるのが、茶樓、つまり茶藝館なんですね。
でも、ここで先に言っておきたいことがあります。
九份で「いちばん有名なお店」と「いちばんお茶の質が高いお店」は、じつは別の一軒なんです。
いちばん有名なのは、阿妹茶樓(あめいちゃろう)。
むかしの金鉱の建物を改装した、瓦屋根に赤提灯がびっしり連なる、九份の象徴です。観光でも、写真映えでも、文句なしのナンバーワン。
よく「『千と千尋の神隠し』の油屋のモデル」と言われますが——これは、じつは俗説なんです。この説は宮崎駿監督ご本人が否定していて、お店のほうがその説を前に出してPRしている、というのが実情。似てはいるけれど、モデルではないんですね。
とはいえ、それを責めるつもりはありません。
観光地の茶樓には、観光地の役割があります。
海を見下ろす眺め、提灯のノスタルジー、坂道の途中で流れる、ゆっくりした時間。お客さんは茶水費(席料)を払って、台湾茶と茶請けをのんびり味わう。
払っているのは一杯の値段ではなくて、その席に座る「時間」と「景色」なんです。
回転はゆっくり、単価は高め。
前回お話しした「眺めを飲む時間」を売る、観光地型のかたちですね。
では、お茶そのものの“元祖”は、どこでしょう。
九份茶坊(きゅうふんちゃぼう)です。
一九九一年、画家の洪志勝(こう・しせい)さんが、地元の名士・翁山英さんの百年の古民家を改修して、九份で最初の藝文茶坊(芸術と茶のお店)として開きました。建物は新北市の歴史建築に登録され、九份に「茶樓と芸術を結びつける」という文化そのものを生んだお店です。
掲げた理念は「茶・陶・畫(ちゃ・とう・が)」——台湾茶と、陶芸と、絵画を、ひとつの空間に編みこみ、隣には芸術館や陶芸工房まで連ねました。映画の舞台にもなった、質では群を抜く一軒です。
面白いのは、その店主の“眼(め)”です。
洪志勝さんは開業前に、台湾じゅうの五百軒を超える茶藝館を訪ね歩いて、こう見抜きました。「茶葉も空間もコストが高くて、お茶だけでは、収益が立たない」。
だから彼は、お茶に、陶芸と絵画と、文化の創作(文創)を組み合わせたんです。
考えてみてください。
観光地の元祖茶芸館をつくった当人が、「お茶を飲ませるだけのお店」では成り立たない、と最初から分かっていた——
これこそ、この連載でずっとお話ししている芯の、生きた証拠なんですね。
そして、その一軒が、町を変えました。
九份で最初の藝文茶樓が登場したことで、「上九份喝茶(九份へお茶を飲みに行こう)」というブームが起き、続いて二十数軒もの、特色ある茶樓が生まれます。
寂れた鉱山の町に第二の春をもたらしたのは、鉱石ではなくて、一杯のお茶と、それを「文化」として見せた一人の画家だったんです。
だから、九份の歩き方は、こうなります。
阿妹茶樓では、海を見下ろす眺めと、提灯のノスタルジーを味わう。九份茶坊では、お茶そのものと、それを支える器と空間を味わう。
選ぶときのコツは、行列の長さや提灯の数ではなくて、茶葉の種類・淹れ方・器に目を向けること。
観光の喧騒の、ほんの一歩奥に、本物のお茶の時間があります。
九份の茶芸館が「高い」のは、飲食店として高いのではありません。
眺めと、時間と、土地の記憶と、そしてお茶を支える陶と畫と空間を、まとめて売っているから。
茶芸館は「お茶を飲ませるお店」ではない——
観光地では、それが「眺めを飲む時間」になる、というわけですね。
次回は、九份とはちょうど逆を向きます。
観光ではなく、産地に根ざした茶旅へ。
台北の“裏山”、猫空(マオコン)を訪ねましょう。
(文章・図表:ChaTea 茶論 五代目店主 林 聖泰)
『Chatea五代目店主』の連載記事「茶館ノート」より
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台湾でいちばんの観光地、九份(きゅうふん)。
もとは金鉱で栄えた町で、鉱山が閉じると、いったんは寂れてしまいました。それが、坂と石段に赤い提灯が連なる、あの幻想的な姿でよみがえった——
世界中から旅人が訪れる、いまの九份です。
海を見下ろす石段、湯気の立つ茶樓(ちゃろう)。
その真ん中にあるのが、茶樓、つまり茶藝館なんですね。
でも、ここで先に言っておきたいことがあります。
九份で「いちばん有名なお店」と「いちばんお茶の質が高いお店」は、じつは別の一軒なんです。
いちばん有名なのは、阿妹茶樓(あめいちゃろう)。
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とはいえ、それを責めるつもりはありません。
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海を見下ろす眺め、提灯のノスタルジー、坂道の途中で流れる、ゆっくりした時間。お客さんは茶水費(席料)を払って、台湾茶と茶請けをのんびり味わう。
払っているのは一杯の値段ではなくて、その席に座る「時間」と「景色」なんです。
回転はゆっくり、単価は高め。
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では、お茶そのものの“元祖”は、どこでしょう。
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一九九一年、画家の洪志勝(こう・しせい)さんが、地元の名士・翁山英さんの百年の古民家を改修して、九份で最初の藝文茶坊(芸術と茶のお店)として開きました。建物は新北市の歴史建築に登録され、九份に「茶樓と芸術を結びつける」という文化そのものを生んだお店です。
掲げた理念は「茶・陶・畫(ちゃ・とう・が)」——台湾茶と、陶芸と、絵画を、ひとつの空間に編みこみ、隣には芸術館や陶芸工房まで連ねました。映画の舞台にもなった、質では群を抜く一軒です。
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洪志勝さんは開業前に、台湾じゅうの五百軒を超える茶藝館を訪ね歩いて、こう見抜きました。「茶葉も空間もコストが高くて、お茶だけでは、収益が立たない」。
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寂れた鉱山の町に第二の春をもたらしたのは、鉱石ではなくて、一杯のお茶と、それを「文化」として見せた一人の画家だったんです。
だから、九份の歩き方は、こうなります。
阿妹茶樓では、海を見下ろす眺めと、提灯のノスタルジーを味わう。九份茶坊では、お茶そのものと、それを支える器と空間を味わう。
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