
九份が「眺めを飲む」観光地なら、台北の裏山・猫空は、その逆。お茶そのもの——
畑と、作り手に会いに行く“裏山”です。ロープウェイに乗って、ご一緒に。
- 九份が「眺めを飲みに行く観光地」だとすれば、猫空(マオコン)は、ちょうどその逆なんです。
台北の人たちが、休日に“お茶そのもの”に会いに行く「裏山」。
観光客でごったがえす街ではなくて、地元の恋人や家族連れが、のんびりプチ旅行に出かける場所。
だからこそ、産地に根ざしたお茶の旅の、いちばんいい教科書になるんですね。
入口は、猫空ロープウェイ。
名物は、床が透明の「水晶車廂(クリスタルキャビン)」です。
足もとのガラス越しに、山の斜面いっぱいに広がる茶畑を見下ろしながら、ゴンドラはゆっくり登っていく。
眼下を流れていく緑のうねりは、ほかではちょっと味わえない、別格の眺めです。週末は、家族連れやカップルで大にぎわい。
観光名所というより、台北の人たちの「ちょっといい休日」の行き先、という空気があります。
たどり着く猫空一帯は、台湾を代表するお茶の産地です。
木柵鉄観音(もくさくてっかんのん)と、木柵包種茶(ぶんざんほうしゅちゃ)。鉄観音は、しっかり火を入れた、香ばしくて余韻の長い烏龍茶。包種は、軽やかな花の香りが身上の、発酵の浅い烏龍茶です。
茶畑に囲まれた茶藝館に腰を下ろせば、眼下に台北盆地が広がって、遠くには台北101。
日が傾くと、盆地に沈む夕陽が、はっとするほどきれいなんです。
多くのお店は、地元の茶葉を使ったお茶料理と茶請けまで出してくれる。
眺めも、空気も、料理も、ぜんぶ「お茶のある山」から生まれている——そんな場所です。
その猫空の“本質”を、一軒の茶藝館の物語が、そっと教えてくれます。
床が透明で、足もとを魚が泳ぎ、台北の街を一望できる人気店「縁続縁」。
眺めだけでも立派な名所ですが、お話ししたいのは、その創立者——農家の張さんの選択です。
張さんは、繁盛する茶藝館の、あまりに忙しい日々のなかで、ふと立ち止まりました。
そして、初心に立ち返ったんです。
茶藝館の主という立場をもちながら、製茶の二代目として家業のお茶づくりを継ぎ、
やがて鉄観音のコンテストで受賞するほどの作り手になった。
お客さんにお茶を淹れて見せる人から、その茶葉そのものを生み出す人へ——
彼はもう一度、土に近いほうへと戻っていったんですね。
茶藝館をもつ人が、最後に戻っていったのが「お茶をつくること」だった。
お茶を商う私には、この選択が、とてもよく分かります。
どれほど美しい空間も、どれほど洗練された手つきも、その手のなかの一葉がよくなければ、ぜんぶ空回りしてしまう。
猫空では、洒落た茶藝館の奥に、必ず茶畑があって、土に触れる作り手がいます。
眺めや雰囲気は、その確かな茶葉の上に、そっと乗っているだけなんです。
だから猫空に来たら、ぜひもう一歩、奥まで足をのばしてみてください。
台北市鉄観音包種茶研發推廣中心(お茶の推広センター)を訪ねれば、鉄観音がどう作られるのか、
その工程や、製茶の機械、そして木柵のお茶づくりが歩んできた道のりまで学べます。
もう少し余裕があれば、山道を少し歩いて、木柵の茶畑そのものをお散歩するのもいい。
一杯の鉄観音が、どの斜面の、どの木から来るのか——
それが目に見えてくると、茶藝館で出される一煎が、まるで違う深さで、舌に届くようになるんです。
九份が「眺めを飲む」場所なら、猫空は「産地を飲む」場所。
同じ台湾の茶藝館でも、向いている方向が、まるで違います。
そして、これはこの連載で何度でもお伝えしたいことなのですが——
茶藝館は、産地とつながったとき、いちばん深くなる。
眺めのお茶も、それはそれで美しい。
でも、土と作り手につながったお茶は、一杯のなかに、山ひとつぶんの物語を抱えているんです。
次回は、その茶藝館が、ひとつの街でどれだけ豊かに花開いたかを、見にいきましょう。
伝統と、大衆化と、革新が同居する街・台中。
無為草堂、耕讀園、そして春水堂の本店——三軒を、いっしょに歩きます。
(文章・図表:ChaTea 茶論 五代目店主 林 聖泰)
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