
——一人の茶商家の人生から考えた、本当の伝承
伝承とは、昔と同じことを繰り返すことでしょうか。
先日、台湾のテレビ番組『人物大特写』で、私の三叔(叔父)・林秀全の人生が紹介されました。
ちょうど中元節で台湾へ帰省していた私は、家族の一人として番組を見ながら、
同時に一人の茶業教育者として、あることを考えていました。
それは、
「伝承する」とは、いったい何をすることなのか。
という問いです。
茶商の家を離れ、博士になった人が、再び茶行へ
三叔は、林華泰茶行の家に生まれました。
しかし、そのまま茶商になったわけではありません。
学問の道を進み、アメリカへ留学し、博士号を取得。
結婚し、家庭を築き、海外で長い時間を過ごしました。
ところが、父の体調が悪くなり、林華泰茶行を支える人が必要になった時、
三叔は家業へ戻り、父を助けて茶行の管理を担いました。
ここに、私は「伝承」という言葉の重要なヒントがあると思っています。
伝承とは、必ずしも同じ人が一生同じ仕事を続けることではありません。
長男がすべてを背負うことでもありません。
その時代、その状況の中で、自分にできる責任を引き受けること。
それもまた、立派な伝承なのです。
「百年老舗」は、百年間保存されたものではない
私たちは「百年老舗」と聞くと、何か昔の姿がそのまま保存されてきたように考えがちです。
しかし、実際は逆です。
老舗ほど、時代に合わせて変わり続けています。
変わらなければ、生き残れないからです。
変えてよいものと、変えてはいけないもの。
新しい技術と、残すべき技術。
効率化すべき仕事と、人間の感覚を守るべき仕事。
それらを一世代ごとに判断し続けてきた結果が「百年」です。
だから私は、
伝統とは「変えないこと」ではなく、「何を変え、何を残すかを判断し続けること」
だと考えています。
病を抱えても、「学ぶ人」であり続ける
三叔は約20年間、パーキンソン病とともに生きています。
それでも文章を書き、人生を記録し、家族と旅行し、好きな歌を学び続けています。
この姿から、茶を教える私たちも学べることがあります。
茶の世界でも、資格を取った瞬間に学びが終わるわけではありません。
講師になれば完成するわけでもありません。
産地は変わります。
製茶技術も変わります。
国家標準や地方標準も改訂されます。
科学研究も進みます。
市場で求められる風味も変化します。
だからこそ、教える側の人間ほど、
「先生」になってからも、生徒であり続けなければならない。
私はそう考えています。
技術だけでは、文化は伝わらない
茶文化を次世代へ伝えるとき、製茶法や泡茶法だけを残せば十分でしょうか。
私は、それだけでは足りないと思います。
なぜ、この茶をつくるのか。
なぜ、この香りを良いと判断するのか。
産地はどのように変化してきたのか。
先人は何に失敗し、何を改善してきたのか。
一杯の茶の後ろには、技術だけでなく、人間の判断と記憶があります。
それを言葉にして次世代へ渡さなければ、技術は残っても「文化」が消えてしまう可能性があります。
父との約束——「知っていることを、茶の世界へ返す」
私自身、父と一つの約束をしています。
これまで学んできたこと、産地で見てきたこと、評茶や製茶を通して理解したことを、
自分だけのものにせず、できる限り茶を愛する人たちへ返していくことです。
だから私は、古い写真を整理します。
昔の資料を読み直します。
国家標準や研究論文を調べます。
評茶を教えます。
講座を開きます。
文章を書きます。
これは単なる教育活動ではありません。
今では、
「知識を次の人が使える形にして渡す」ことも、一つの伝承である
と考えています。
一人の後継者ではなく、「伝承するチーム」へ
現在の林華泰茶行も、一人だけで成り立っているわけではありません。
台湾の現場を支える家族がいる。
茶葉や技術を見る人がいる。
日本で茶文化を伝える人がいる。
歴史を記録する人がいる。
お客様に一杯の茶を説明する人がいる。
それぞれの仕事は違います。
しかし、向かっている方向は同じです。
これは現代の茶文化教育にも重要な視点ではないでしょうか。
一人の「偉い先生」から次の一人へ伝えるだけではなく、
多くの人が、それぞれの専門と役割を持ちながら文化を支える。
これから必要なのは、そのような「伝承するチーム」なのかもしれません。
三叔の番組を見ながら、改めて感じました。
伝承とは、受け取ることではありません。
受け取ったものに自分の責任を加え、次の人が受け取れる場所まで運ぶことです。
一杯の茶も同じです。
茶樹から茶農家へ。
製茶師から茶商へ。
茶商から講師へ。
そして講師から、次の学び手へ。
百年の茶香は、そうやって人から人へ渡されていきます。
私たちも、その長いリレーの途中にいるのです。
(文章・写真:中華茶講師協会理事長・華泰茶荘五代目店主 林聖泰)
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